スカイ・クロラ(2008年)

最初に明らかにわるいとこから書くと、擬似戦争のルールがぼやっとしていたり、エースパイロットたちの凄さがいまいちわかりづらく、なおかつ戦闘シーンが少ないのでちょっと退屈する。声が俳優だから本職の声優に比べるとどうしてもしょぼい。谷原章介あたりはイメージが強すぎて子供に見えなくなる。
エンドロールのあとにカンナミが再生させられてループをはっきりさせるのだけれど、蛇足じゃないかなあ。ループすることは後半で丁寧に説明されてるんだから、あえて入れた理由はクサナギの反応が変わったとかにあるのかなあ。変化を起こせたのだからカンナミの突撃は無駄じゃなかったとか?ただ、たとえいつの日かティーチャーを倒せてもそれでどうなるのかなあ。殺すか死ぬかで世界を変えろというのも乱暴なメッセージだよね。
あとなんかティーチャーを撃墜するのところ、英語はファーザーって言ってて、ティーチャーの戦闘機のデザインはわざわざ男根っぽくしてるんだそうだ。父親を乗り越えることで成長する=大人になるという夢に散ったわけだ。タバコをやたら吸うのも大人になりたい、キルドレを抜け出したいという表現なんだろうね。
キルドレは永遠に大人になれず、戦死しても身体だけは再生する。社会の道具として死ぬまで殺し合いをさせられる。人間は実際に死ぬけれども、そのときは記憶も積み重ねたものも無になる。姿は同じで別の人というのは"子孫"。社会には競争があるし、働くことはだいたいおなじ毎日の繰り返し。実は作り話のキルドレと現実の大人はそう変わらない。
こうしてみるとやりすぎでちょっと安っぽいし、音楽とかきれいな空でなんとか持ちこたえてるけれども欠点は多いんだよね。評価がわるいのも仕方ない気がする。でもやっぱりつまらない毎日を繰り返してるときにカンナミ特攻前のセリフはきくね。。。

いつも通る道でも、違う所を踏んで歩くことができる。
いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。
それだけではいけないのか。
それだけのことだから、いけないのか。


いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。
それだけじゃ・・いけないのか?
I'll kill my father

それと、ユダガワ(アイハラ)の新聞をたたむ癖から自分もループしてるんだと気づくところの演出、最後のティーチャーが淡々と正確にコクピットを射撃するシーンの3つだけで4点。原作は知らん。